日本の教育の多様化

学校と塾の役割分担があることのメリットは、教育に多様性が生まれることだといえます。
日本では、みんなが基本的に同じ規格の小学校、中学校、高校、大学に通いますが、カリキュラムは学習指導要領によって定められ、これを逸脱することは私学であっても許されません。
また、先進国では珍しい検定教科書制度がいまだに残っています。私学でも検定教科書をベースに授業をするというのがたてまえになっているのです。
このように、日本の学校制度は全国津々浦々、どこでも同じ教育が受けられることを理想としています。
平等といえば平等ではありますが、多様性がきわめて少ないのが欠点です。

生態系の安定のために生物の多様性が必要なのと同様に、社会の安定のためには多様な人物が必要です。
多様な価値観や意見をもった人々が集まることで、社会全体の視野が広がり、価値観のバランスが保たれるはずです。
それなのに、日本の学校制度は画一的な人物を育成するのに効率的なしくみになっているように思えます。
多様性に乏しい社会は変化に弱く、その意味で、私学の存在意義は、教育の多様性を担保することだとよくいわれてます。
学校の数だけ校風があるので、開成に通えば開成らしさを身につけ、麻布に通えば麻布らしさを身につけ、結果的には多様な人物が世の中に輩出されます。
ただし、私学の数は限られていて、社会全体の多様性を担保するには足りません。

しかし日本には、約5万もの塾があります。
それぞれの塾で、文部科学省にも教育委員会にも関係なく、思い思いの教育を行っているのです。
塾の数だけ勉強のスタイルがあり、そのおかげで、所属する学校の校風やカリキュラムにかかわらず、自分に合った学習スタイルの塾を選ぶことができるのです。

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